2017/07

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

<< >>


スポンサーサイト

  • -
  • スポンサードリンク
  • -
  • -

一定期間更新がないため広告を表示しています


 「そしてまた私共が、あなたに躓くことがございませんように。」
(キェルケゴール 著、井上良雄 訳『キリスト教の修練』(新教出出版社)第一部 祈願)


-----

---、躓きの徴、信仰の対象。

躓くも何も、
最初から俺はキリスト教に対して何も思入れもないし、
これからも思い入れはあろうが真に信仰など持つことはあるまい。

ただ、
信仰とはどのようなことであるか、
つまり、
  を、
   を信仰するとはどのようなことであるのか。
これについての示唆を、
『キリスト教の修練』は教えてくれるだろう。

  には躓きつつある、
   には---、躓くはずもない?
本当に?

問うてみよう。
自己自身に、
もし仮に目の前に〈   〉がいて、
彼が俺を赦してくれるか、
想定しみよう。

信仰し続けられるか。
し続けられるはずもない。
しかし信仰せねばならぬ。

信仰し続けられるはずはないのに信仰せねばならぬ。

「そしてまた〈私〉が、あなたに躓くことがございませんように。」 


スポンサーサイト

  • 03:30
  • -
  • スポンサードリンク
  • -
  • -


comment









trackback