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 俺にとって、キェルケゴールにとってのキリストは、  である。
しかしこのことによって、キェルケゴールと俺の、質的な = 量では計測できない差が発生する。
すなわち、キリストが「赦す」のに対し、
〈おそらく〉  は俺を赦さぬだろう。

(それでも、俺は、赦される、ということを信仰〈せねばならない〉!)

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罪 - 絶望、信仰、救済について、まとめること。

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比較的入手し易い『死に至る病』の翻訳として、岩波文庫版と本書、ちくま学芸文庫版が挙げられる。
前者がドイツ語訳からの日本語訳であるのに対し、
後者である本書はデンマーク語からの訳出である。

俺はデンマーク語などからっきしダメなので、本書の翻訳が正確であるかどうかは見当がつかない。
ただ、岩波文庫版に対し本書は、解説および訳者注が充実しており、
『死に至る病』を多角的に捉えることができる。

なお、岩波文庫版にも、本書ほどの文量ではないが、解説が付されている。
こちらの解説もなかなか、キェルケゴールの個人像を概略的に記しており、おすすめである。

つまり、日本語で『死に至る病』を〈たしなむ〉のであれば、
岩波文庫版とちくま学芸文庫版、両方に目を通すのがいいだろう。

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2011年11月2日、解説読了。

解説とは言え、本編の要約やまとめのようなものではなく、『死に至る病』がなぜ偽名で出版されたのかを、
キェルケゴールの日記を元に読み解く、という内容が中心となっている。

確かに本編のまとめを期待して読むと、期待外れに終わる。
しかし、70ページを割いて書かれた〈出版の経緯〉において訳者は、
本編に決して表れないキェルケゴール個人の内面を分析しており
(要するにキェルケゴールは、詩人とキリスト者の対立に悩んでいたこと、
そこにレギーネとの復縁問題も絡んだこと、そしてけっきょく、偽名でもって、
自信の直接的な思想を発表するに至ったこと、など)、
かなり読み応えがある。


〈入手しやすい〉キェルケゴール関連書のなかでも、
ここまで事細かに述べられているものはなかなかなかろう。
読んで損はないと思われる。

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『キリスト教の修練』は言わずもがなだが、
『わが著作活動の視点』と『武装中立』を読まねば、
『死に至る病』を多角的に理解することはできまい。
一体俺は、いつこれら一連の著作を読み終えるつもりなのだろう…、
いずれにせよ、どこかで区切りを付け、まとめあげなければならないのは事実であろう。
このままだと、俺の内面の自己浄化としての読書ではなく、
キェルケゴール理解のための読書になってしまう(この2つは切っても切れないのだが)

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(しかし、  は俺を赦さない…、この〈違い〉!)
(  は---、〈哲学者〉ではなかった。だから       。この〈共通点〉!) 


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