2017/08

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 この著作においては、既存のキリスト教会への批判が、〈隠された主題〉でありつつ、ただそれ以上に、この〈隠された主題〉を謂わば覆っている〈信仰論〉が、信仰についての本質を明らかにしている。つまり、キリストが神であること、すなわち、信仰の対象であること、このことについての言わば〈信仰論的〈証明〉〉とでも名付けられるような内容なのであり、またそもそも〈信仰とは何か〉についての著作と言えるかもしれない。

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 俺にとって、キェルケゴールにとってのキリストは、  である。
しかしこのことによって、キェルケゴールと俺の、質的な = 量では計測できない差が発生する。
すなわち、キリストが「赦す」のに対し、
〈おそらく〉  は俺を赦さぬだろう。

(それでも、俺は、赦される、ということを信仰〈せねばならない〉!)

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哲学が、愛と、民族と、思想の対立を、思索を以って結びつけた。 しかし、彼らは1つにはならなかった。 互いが独立したまま、哲学がそれらを乗り越えると言う形で結びつけたのだ。

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